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EVに電子をポンプで“給油”、液体電池がガソリン置き換えを狙うエネルギー技術 電気自動車(1/2 ページ)

ガソリンから電気へ――。自動車の動力源の移行が進み始めている。ただし電池の寿命が短いハイブリッド自動車は“ばんそうこう”のようなものだ。そこで電気自動車(EV)の普及を加速すべく、新たな電池技術が芽生え始めている。電子エネルギーを液体状の“燃料”に変えて、ポンプを使ってモーターに供給できる技術だ。「半固体フロー電池」と呼ばれ、米国で開発が進んでいる。この液体電子燃料は、原油の産出国でなくても作り出すことができる上に、既存のガソリンスタンドのインフラを活用して供給することが可能だ。この燃料と電気モーターを組み合わせることで、ガソリンを大量に消費する内燃機関方式のエンジンの置き換えを狙う。

» 2011年09月05日 18時11分 公開
[R. Colin Johnson,EE Times]

 エレクトロニクスは、社会を大きく変えてきた。現在では、かつては人手で行っていた作業をコンピュータが電力を使って処理している。このエレクトロニクスの進展は、内燃機関を動力源とする多くの機械装置を「過去の遺物」へと変えてきた。そして今、エレクトロニクスはガソリンを大量に消費する自動車の内燃機関を置き換えようとしている。それを可能にするのは、電子を内包した液体状の燃料と、その燃料をポンプでガソリンのように“給油”して駆動できる電気モーターだ。

 この新技術の開発に取り組んでいる野心的な新興企業の1つが、米国のMassachusetts Institute of Technology(MIT)をルーツとする24M Technologiesである(図1)。米国のエネルギー省(DoE:Department of Energy)が開発資金を提供している。もし同社の技術が実用化されれば、5年足らずのうちに皆さんの近所のガソリンスタンドにも、ガソリンや軽油の給油機の隣に電気モーター用液体燃料の“給油機”が並ぶようになるかもしれない。

図1 図1 ボトルに入った自動車用電池 容器の中に入っているのが「Cambridge Crude」と呼ばれる液体電子燃料である。電解質の液体であり、これをリアクターに送り込めば銅電極(写真奥の上部)とアルミニウム電極(同下部)で電子を取り出すことができ、電気モーターをはじめとした直流負荷を駆動できる。液体中に存在するナノスケールの炭素粒子が、集電体として機能する銅とアルミニウムの電極間を媒介することで、閉回路を完成させる。出典:MIT

 イタリアの物理学者であるアレッサンドロ・ボルタ(Alessandro Volta)は1792年に、電気化学電池を発明した。それ以来、現在に至るまで、単位セル当たりに得られる電圧は化学反応によって制限されてきた。ほとんどの電池が使う一般的な化学材料では、通常1.5Vが限界だ。近年のリチウムイオン電池は単セルで3.6Vが得られるものの、蓄電容量当たりのコストが極めて高いというトレードオフがある。

 もう少し歴史を振り返ってみよう。“電池”という言葉そのものは、ボルタによる電気化学電池の発明以前から存在していた。ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin)は1748年に、雷によって放電された電子をライデン瓶で捉えることで、史上初の人工的なコンデンサを作り出した。このとき“電池”が生まれたのだ。フランクリンは、単位セルを複数個、直列に接続することによって、セル当たりの電圧の壁を乗り越えられるというアイデアを考え出した。これに続きボルタも、独自に発明した電気化学電池を直列接続し、それを「ボルタ電堆」と呼んだ。残念なことに、19世紀の昔からから現在に至るまで、一般的な電池の構造はこのまま全く変化していない。現在でも、電池の電圧を高めるには単位セルの直列接続という方法しかないというのが実情だ。しかしこの手法は、電池列全体の信頼性が、直列接続した中の最も弱いセルによって決まってしまうという難点がある。

電池技術への投資が続く

 電池に関する状況はこのように200年もの間、ほとんど変わっていない。ただし改善に向けた取り組みは継続的に進んでいる。米エネルギー省が設置したエネルギー研究機関「エネルギー先端研究計画局(ARPA-E:Advanced Research Projects Agency-Energy)」は2009年以来、数百件におよぶ3年計画のプロジェクトに対して、毎年平均して総額3億5000万米ドルを超える資金を提供してきた。このように、電池技術の向上を目指してさまざまな研究が実施されているが、商用ベースで広い普及が期待できるコストの目標とされる約50米ドル/kWhのエネルギー密度を達成するには至っていないのが現状だ。

 ARPA-Eは、2010年会計年度の報告書の中で、これまでの研究で最も優れた成果として、米国ミズーリ州ジョプリンを拠点とするEaglePicher Technologiesと米PNNL(Pacific Northwest National Laboratory、米パシフィック・ノースウェスト国立研究所)が720万米ドルの資金を基に共同で開発した、チューブ状の平板高温ナトリウム・ベータ電池(NAS電池)を挙げている。この技術によって今後、電池技術の信頼性を高められる上、大規模な送電網(グリッド)の内部で電力を貯蔵するアプリケーションのコストを低減できると期待する。

 また、これに次いで2番目に優れた研究は、MITが690万米ドルを費やしたスマートグリッド用電池に関するプロジェクトだ。MITが開発した「Electroville」と呼ぶ液体電池技術は、プリント基板においてバイパス・コンデンサが果たす役割と同様に、グリッドにおいて近隣地域間で電力使用量の変動を吸収することが可能だという。

 さらに米国のArizona State Universityは、ARPA-Eから調達した500万米ドルの資金で、金属・空気イオン液体電池の開発に取り組んでいる。この技術を適用すれば、現在ハイブリッド自動車で使われているレアメタルのリチウムを、埋蔵量が豊富な別の材料に置き換えることが可能だという。電気自動車の走行可能距離を1600km程度まで延ばせるだけでなく、グリッドにつないで電池を充電する現行の電気自動車よりもコストを低減できる可能性があるとしている。

リチウムイオンの改善も止まらない

 この他にもARPA-Eが資金を提供した取り組みとして、現時点での最先端技術であるリチウムイオン電池の性能向上とコスト削減を目指す、2つの研究が行われている。カリフォルニア州のヘイワードを拠点とするEnvia Systemsが400万米ドルの資金を得て進めているプロジェクトでは、ナノレベルの微細加工を施したシリコン炭素電極を利用することで、リチウムイオン電池のエネルギー密度を150Wh/kgから400Wh/kg以上に高める技術の開発に取り組んでいる。またオハイオ州マイアミズバーグにあるInorganic Specialistsは、200万米ドル規模のプロジェクトを手掛けており、シリコンでコーティングしたナノ炭素繊維の紙材料を開発している。リチウムイオン電池の蓄電容量を4倍に高めることが可能だという。

 しかし、これらの取り組みのいずれも、24M Technologiesが開発した「Cambridge Crude(ケンブリッジの原油)」にはかなわない。同社はマサチューセッツ州のケンブリッジに拠点を置く新興企業で、ARPA-Eから250万米ドルの資金を調達し、電気自動車向けの電池技術の開発に取り組んだ。そして完成させたのが、電子をガソリンや軽油のようにポンプで供給できる液状の燃料に変える新しい技術である。その液体電子燃料の愛称がCambridge Crudeだ。究極的には、ガソリンを「過去の遺物」にすることを目指す。

EV普及の妨げを取り除け

 電気自動車は現在、人気が伸び悩んでいる。走行距離が限られる上、再充電に時間を要することや、内燃機関と比べて電池の長期にわたる信頼性が不十分なことなどがその要因だ。Cambridge Crudeは、こうした問題を全て解決すべく開発された。タンクに貯蔵できる合成燃料であり、ガソリンタンクの走行可能距離に匹敵する上、ガソリンスタンドで既存のインフラ設備を使って“給油”することも可能になるという。電池の内部で消耗する成分を液体燃料に取り込むことで、内燃機関に匹敵する信頼性も確保したとしている。

 24M Technologiesは、リチウムイオン電池の開発を手掛ける新興企業のA123 Systemsからスピンオフして設立された企業だ。24M Technologiesは、MITの教授であるYet-Ming Chiang氏の指導の下、Cambridge Crudeの商用化に意欲的に取り組んできた(図2)。Chiang氏は、A123 Systemsと24M Technologiesの両社の創設者でもある。

図2 図2 Cambridge Crudeの研究メンバー Cambridge Crudeの研究に取り組むメンバーたち。右から左に向かって、MITのYet-Ming Chiang教授、博士課程のBryan Ho氏、Craig Carter教授、博士課程のMihai Duduta氏である。出典:MIT、写真:Dominick Reuter氏

 Chiang氏の狙いは、液体燃料技術を適用して、二次電池(繰り返し充電可能な電池)をもう一度発明し直すことだという。同氏によれば、「Cambridge Crudeに含まれる化学合成物は、電池の正極と負極の間でリチウムイオンを移動させると同時に、それらの電子を集電体に転送し、電力として利用可能な形で外部回路に対して出力できるように設計されている」という。

 24M Technologiesは、MITおよび米国のRutgers Universityと共同で、ARPA-Eからの資金を活用して液体電池の基盤技術を完成させたいとしている。また同社は最近、Cambridge Crudeの商用化に向けて、第1回目(シリーズA)の投資ラウンドにおいてベンチャーキャピタルのCharles River VenturesとNorth Bridge Venture Partnersから1000万米ドルの資金を獲得している。これにより、同社が調達した資金の総額は、約1600万米ドルに達した。

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