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ルネサスの工場停止は愚策中の愚策 ―― 生産停止でコストが浮くは“机上の空論”湯之上隆のナノフォーカス(11)(4/4 ページ)

» 2019年04月12日 09時30分 公開
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半導体工場を止めたらどうなる?

 つくばの産業総合研究所(以下、産総研)には、かつて半導体先端テクロノジーズ(セリート)と呼ばれた民間のコンソーシアムが2002年に建設したスーパークリーンルーム(SCR)がある。今も細々と稼働しているが、1年に1回、1日だけ、SCRの所有者である産総研が、電力施設などの定期点検のために、クリーンルームを停止する。

 その際、停止の2週間前からその準備に入り、1日停止した後、クリーンルームの再稼働には約2週間の時間がかかるという。つまり、たった1日、クリーンルームを止めるために、その前後で合計4週間もの時間を要するのである。

 そして、再稼働に必要な時間は、クリーンルームが停止している時間が長いほど、長期化する可能性がある。各種の配管が腐食したり、フィルターが目詰まりしたり、超純水にバクテリアが繁殖したりするからである。

装置の立ち上げも大変

 半導体の前工程の工場には、10種類ほどの製造装置が数百台以上、稼働している。これら全てを停止し、再稼働するのにも大変な労力と時間がかかる。

 ドライエッチング装置、CVD装置、スパッタリング装置など、真空チャンバを装備している装置では、停止する前にチャンバのクリーニングを行う。しかし、一度、真空ポンプを止めてしまうと、その再立ち上げが、相当大変である。まず、真空ポンプがなかなか定常運転になるまで回転してくれない。回転しても、一定基準の高真空になるのに時間がかかる。さらには、パーティクルが停止前の水準になるのに、相当な苦労をすることになる。加えて、塩素やフッ素などを使う真空装置では、真空チャンバの内壁が腐食する恐れもある。このような真空装置が、1つの工場に数百台以上もある。

 加えて、洗浄装置、コータ・デベロッパ、CMP装置など、液体材料を使う装置も、再稼働には苦労する。もし、各種の液体材料をそのままにしておくと、配管やチャンバが腐食したり変質したりしてしまう。恐らく1カ月ほどの停止なら、各種の液体材料を抜くことになるかもしれないが、それはそれで問題が起きる。乾燥してしまった配管や部品などが使い物にならなくなり、交換を余儀なくする可能性が高いからだ。そして、その部品点数も、半端なく多い。

 最も精密な製造装置である露光装置では、1カ月程度の停止は、さほど問題はないと聞いた。しかし、露光装置は筐体に覆われていて、その中が常に適切な温度に保たれている。そのため、露光装置の電源を落としてしまって、温度制御もしないとなると、再立ち上げは容易ではないという。

半導体工場を停止するべきではない

 呉CEOの記者会見の資料を見る限り、前工程の工場ではクリーンルームの電源を止めるように見受けられる(関連記事:ルネサス呉CEOが「工場一時停止」について説明』)。しかし、クリーンルームの再稼働も大変だし、1工場当たり数百台以上ある各種の製造装置の再立ち上げにも相当な労力と時間がかかる。

 もし、半導体工場を、5月に1カ月程度停止し、さらに8月ごろに再び停止するとなると、これは最悪のケースとしか言いようがない。というのは、5月に1カ月停止し、その後の再立ち上げに最低1カ月、もしかしたら2カ月ほどの時間を要する。そして、6〜7月ごろに工場が立ち上がったと思ったら、再び8月に停止することになる。工場にいる従業員にとっては、悪夢である。

 工場停止の準備と再立ち上げに奔走する従業員には、同情を禁じ得ない。それと同時に、机上の計算だけで、「工場を停止した方が、経済合理性がある」などというおおよそ信じられない経営判断を平気で行う経営陣には憤りすら覚える。

 今からでも遅くはない。工場停止は撤回し、稼働率を落としながらアイドリングして、アクセルを踏む時期を待つべきである。ルネサスの経営陣は、現場の従業員を徒に疲弊させる非生産的な仕事をさせないでいただきたい。

(次回に続く)

⇒連載「湯之上隆のナノフォーカス」記事一覧

筆者プロフィール

湯之上隆(ゆのがみ たかし)微細加工研究所 所長

1961年生まれ。静岡県出身。京都大学大学院(原子核工学専攻)を修了後、日立製作所入社。以降16年に渡り、中央研究所、半導体事業部、エルピーダメモリ(出向)、半導体先端テクノロジーズ(出向)にて半導体の微細加工技術開発に従事。2000年に京都大学より工学博士取得。現在、微細加工研究所の所長として、半導体・電機産業関係企業のコンサルタントおよびジャーナリストの仕事に従事。著書に『日本「半導体」敗戦』(光文社)、『「電機・半導体」大崩壊の教訓』(日本文芸社)、『日本型モノづくりの敗北 零戦・半導体・テレビ』(文春新書)。


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