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» 2019年06月24日 11時30分 公開

世界を「数字」で回してみよう(59) 働き方改革(18):リカレント教育【前編】 三角関数不要論と個性の壊し方 (1/8)

今回から前後編の2回に分けて、働き方改革の「教育」、具体的には「リカレント教育」を取り上げます。度々浮上する“三角関数不要論”や、学校教育の歴史を振り返ると、現代の学校教育の“意図”が見えてきます。そしてそれは、リカレント教育に対する大いなる違和感へとつながっていくのです。

[江端智一,EE Times Japan]
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「一億総活躍社会の実現に向けた最大のチャレンジ」として政府が進めようとしている「働き方改革」。しかし、第一線で働く現役世代にとっては、違和感や矛盾、意見が山ほどあるテーマではないでしょうか。今回は、なかなか本音では語りにくいこのテーマを、いつものごとく、計算とシミュレーションを使い倒して検証します。⇒連載バックナンバーはこちらから


三角関数不要論

 「三角関数(sin(x), cos(x), tan(x))は人生に必要か」という議論が過去にありましたし、今でもあります。多分将来もあるでしょう。そして、『必要性を否定しないが、それを必須の履修項目としなくても良いのではないか』と疑問を投げかける方は多くいます。

 ちなみに、私は『三角関数が頭の中から消えれば、次の日から失職する』という職種の人間です。

 まず、シミュレーションプログラムが作れなくなります。大半のデータ解析も不可能となります。FFT(高速フーリエ変換)が使えなければ、本シリーズで何度も行ってきた私の仮説検証はできなくなります ―― つまり本業もプライベートも廃業です。

 私は、私がマイノリティー(少数派)であることは、よく知っています。同時に、高校数学における、「三角関数」教育の絶望的な「つまらなさ」と「役に立たなさ」も知っています。

 よくもまあ、「三角関数」の勉強を、ここまで苦痛に満ちたものにできるのかと、逆に感心してしまうほどです。特に、公式の暗記とかを強いる現行数学プロセスは『死ねばいいのに』と思っています。

 今の数学教育は、『自分で「作る」ことも「食べる」こともしない料理教室』です。

  • 料理の素材の内容(栄養素やカロリー)"だけ"を提示し、
  • 調理方法(煮込み時間、火加減)、"だけ"を教えて、
  • 『これで料理の基本は教えた。故に、誰でも料理できるはずである』と"だけ"言って、
  • "立ち去る" "だけ"

ということをやっている”だけ”です。

 これでは、「三角関数不要論」が不定期に発生してくるのは、仕方のないことです。

 この話は、どこまでいっても「ロジック(理)」では決着はつきません。『学生に"強いる"数学をどの範囲とすれば良いのか』を合理的に判断する方法がないからです。

 もし『有用性』から語るのであれば、「三角関数」よりも、数段難しい「微分方程式の定式化」は、ものすごく役に立ちます。

 そしてその「一般解」が求められれば、このコラムで私が行っているような「見苦しい、力づくのコンピュータシミュレーション計算」の大半は不要となり、多くの人がもっとエレガントに「世界を「数字」で回す(理解する)」ことが可能になると思います。

 しかし、『利用頻度』から考えると、微分法定式は三角関数より使われる場面が少ないです ―― というより、「社会問題を微分方程式で解決する」という考え方以前に、「微分方程式? 何それおいしいの?」という人が、世の中ではほとんどだと思います。

 ここで、以下のような、乱暴な考え方を導入してみました。

ある教科の勉強の必要性 = その有用性 × その利用頻度

 数学教育は、その有用性において大きいですが、国民全体で考えた場合、その利用頻度は恐ろしく低いのです(私のような数理も扱うIT研究員は、極めて例外でしょう)。

 この上記の「乱暴な考え方」を各教科に当てはめてみますと、こんな感じになります。

  • 古典は必要か → 使う場面ないじゃんか?
  • 歴史は必要か → 昔の話を持ちだしてどうする?
  • 英語は必要か → (江端試算では)4%の日本人しか使っていないぞ?
  • 現国は必要か → 文庫本が読める程度の漢字を知っていればいいんじゃないの?
  • 体育は必要か → 日常生活で、走ったり跳んだり泳いだりする必要性はあるか?
  • 理科は必要か → リトマス試験紙が何色になるかが、そんなに重要か?*)

*編集注)これは江端さんの奥様の名言です。

 つまり、この「乱暴な考え方」に基づけば、「学校教育そのものが不要」という結論に帰着してしまいます。

 この手の話は、いつの時代も「勉強が嫌いな子どもの泣き言」または「中二病特有の戯言(ざれごと)」として取り扱われてきました。

 そして、誰もが子どものころに思ったはずのこの事実を、大人になった私たちは、真剣に考えようともしません。それどころか、いつの時代も「大人になれば分かる」と言って、子どもの質問から逃げ続けています。

 しかし、この話、どこか、実は、現在の教育に対する「どストライクのテーゼ」であり、「子どもたちに対して、大人に説明責任が課せられた命題」なのです。

 それを説明するアプローチの一つが「リカレント教育」です。

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