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» 2019年06月24日 11時30分 公開

世界を「数字」で回してみよう(59) 働き方改革(18):リカレント教育【前編】 三角関数不要論と個性の壊し方 (6/8)

[江端智一,EE Times Japan]

リカレント教育への、強烈な違和感

 では、ここから、今回の本論「リカレント教育」に入りたいと思います。

 リカレント(recurrent)とは、「反復」という意味です。これは、学校教育の履修後も、就労の状況に応じて、自分の意志で行う教育のことを言います。

 この「リカレント教育」が、「学校教育」と決定的に異なる点は、個人から見えれば、ズバリ"金(賃金)"であり、国家から見れば、就労環境の変化(IT化など)に対応する労働者の支援です*)

*)他の情報媒体では、「自己実現」だの、「キャリアアップ」だの「生きがい」だのというキラキラした言葉がちりばめられていますが、私は信じていません。

 このリカレント教育の歴史、定義、内容(概要)および、我が国における課題について、以下にまとめておきました(ざーっとななめ読みして頂ければ結構です)。

 では、リカレント教育について、くどくどと説明せずに、具体的な数値や実施例でお見せしたいと思います。

 リカレント教育の目的は、人格形成とか教養とかではなく、ひたすら「収入に直結する実学」です。そして、自己啓発(自習)では難しい学科に集中しています。

 まず、上記のグラフを見る前に、日本人の文系と理系の出身者比率が、ざっくり7:3であることを覚えておいてください(参考:著者のブログ)。我が国は、基本的に「文系国家」なのです。

 それにもかかわらず、医療、工学系が、上位を占めている事実から、技術系のリカレント教育へのニーズが高いことを示しています。これは「モノの仕組みを理解して、機械をうまく回す技術」であり、そもそも独学が難しいからだと考えられます。

 一方、文系における「社会科学」と「人文科学」も、上位を占めています。社会科学とは、法律・経済・経営・政治など、「社会の仕組みを理解して、組織をうまく回す技術」であり、人間科学とは、言語、思想、心理など、「人間の仕組みを理解して、人材をうまく回す技術」と理解しておけば良いと思います

 いずれにしても、リカレント教育の目的が、「『何か』を理解して、何かをうまく回す技術の取得」であると理解しておいてください。

 さて次に、ある大学で開講されているリカレント教育の時間割(私が内容を要約しました)を示します。

 さて、この時間割から、どの課目にどれくらいの時間を費やしているかを、カテゴリーで分類してみました。

 他の教科を引き離して、圧倒的に「英語」と「ITリテラシー」に時間が割かされていることが分かります。これは、社会人にとって、彼らがどの分野の仕事を選ぼうが、英語とITが突出して重要であることを雄弁に物語っています。

 特にITについては、マイクロソフトのオフィス(ワード、エクセル、パワーポイント)の使い方程度の学習ではなく、プログラミング(VBA)、Webデザイン、データベースまで履修されていることから、起業した後、自力で自社ホームページを完成させ、自前の売上データベースを作れる程度のスキルを取得させる、という強い意志を感じます。

 しかし、私は、このカリキュラムを解析している最中、ずっとものすごい違和感を覚え続けていました。

 ―― これが、本当に、あるべきリカレント教育のユースケースなのか?

 ―― このカリキュラムを最後まで続けられる人は、そもそも「エリート」ではないか?

ということです。

 今回(前半)は、ここまでにしたいと思います。



 それでは、今回のコラムの内容をまとめます。

【1】政府が主導する「働き方改革」の項目の一つである、「教育」に関して、特に「リカレント教育」の観点からアプローチを試みました。

【2】「リカレント教育」の説明の前に、義務/高等/大学教育、いわゆる「学校教育」の目的や手段を、教育基本法から読み解きました。その結果、その目的が「世界に誇れる人間の製造(または育成)」であり、それと同時に、この目的を達成する手段が、どうやら『過去のカリキュラムを単に踏襲しているだけ』かもしれないという、江端の仮説を明らかにしました。

【3】また、哲学者のフーコーの著書「監獄の誕生」から、学校教育の目的が「人間の個性の破壊」と「人間のスペックの画一化」であることを説明し、それが、暴論であるどころか、このネット社会においては、私たち自身が、このフーコーの監獄をせっせと作り上げている“張本人”であることを、明らかにしました。

【4】そして、我が国で頻用されているフレーズ「個性は大切である」という言葉の二面性を明らかにして、『安易な"個性"信奉』が、個人にとっては自殺行為に等しい考えであることも明らかもしました

【5】「リカレント教育」の本質が、社会の矛盾のど真ん中で、夢なく、希望なく、何者かに糸繰られつつ、どん詰まりに追い込まれた状態にある私たちに対して、『"皆で一緒に幸せに"などと甘ったれたこと言ってんじゃねーよ』『どん詰まりから抜けたければ、一人で闘え』と、冷たく突き放す「独りぼっちの戦争」であると位置付けた上で、以下の説明を行いました。

【6】「リカレント教育」の目的が、「収入に直結する実学」であり、理系分野においてニーズが高いことを説明し、実際の大学のリカレント教育カリキュラムを入手して、その構造を分析しました。その結果"英語"と"ITリテラシー"が圧倒的に重視されていることを明らかにしました。

【7】しかし、大学の提供している「リカレント教育」を俯瞰して眺めると、これが「リカレント教育」の本当の形なのだろうか? このカリキュラムを最後まで続けられる人は、そもそも「エリート」ではないか? との疑問を示しました。


 以上です。

 次回の「リカレント教育(後半)」では、この最後の【7】の私の疑問に対する検討を行い、いわゆる「学校教育」と「リカレント教育」の違いについて明らかにして行きたいと思います。

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