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» 2020年05月03日 19時00分 公開

世界を「数字」で回してみよう(63) 番外編:1ミリでいいからコロナに反撃したいエンジニアのための“仮想特効薬”の作り方 (2/7)

[江端智一,EE Times Japan]

まずは「RNA」についておさらいする

 シバタ先生とのやり取りに入る前に、DNA/RNAについて少しおさらいしてみましょう。

 まず前提としてコロナウイルスの遺伝情報(ゲノム)は、RNAでできています。そして、そのRNAの説明に避けることができないDNA(デオキシリボ核酸)について、私(江端)から説明します。

 DNAは、ヒトで言えば60兆個にも及ぶ全ての細胞に存在し、DNAの情報に基づいて体の細胞、器官、臓器が作られていく「体の設計図」です。

 デオキシリボース、リン酸、塩基から構成される核酸で、塩基はアデニン(A)とグアニン(G)、シトシン(C)とチミン(T)の四種類があります ―― 取りあえず、A,G,C,Tの4文字だけで設計図が書かれている、とだけ覚えて頂ければ十分です。

 ただ、設計図(DNA)だけあっても仕方ありません。このDNAの部分情報をコピペし、体(タンパク質)を作る役割を持つものがRNAです。RNAには、「伝令RNA(メッセンジャーRNA、mRNA)」「運搬RNA(トランスファーRNA、tRNA)」「リボソームRNA(rRNA)」の3つがありますが、本稿では以後、単にRNAと言った場合は伝令RNAを指します。

 RNAをざっくり説明すると、DNAから鋳造された鋳型(金型)のことです。そして、RNAの役割は、この鋳型をアミノ酸に押しつけてンパク質を作ることです。

 つまりRNAが「DNAに書かれた遺伝情報をタンパク質に翻訳、変換する仲介役」という仕事をしているわけです。このDNA、RNA、アミノ酸、タンパク質からなる、この一連のプロセスを、生物の基本原理という意味で「セントラルドグマ」と言います。

 ところが、SARS-CoV-2(COVID-19の病原体であるコロナウイルスの正式名称、以下、SARS-CoV-2で統一します)のゲノムはヒトのようなDNAではなく、RNAで構成されています。

 このゲノムRNA上には、ウイルスの構造を支える材料になるタンパク質や、ウイルスを複製するのに必要な酵素がコーディング ―― 爆薬の材料の製造手法と、爆弾の設計図が記載(後で説明します) ―― されています。

 ヒトの細胞内で材料をタンマリ複製し、これら構造タンパクと脂質の膜でゲノムRNAをくるむと……SARS-CoV-2が再生産されるわけです。このように、最凶にして最悪の性質をもつウイルスを再生産し続ける情報は、全てこのゲノムRNAの上に存在している(記述されている)のです*)

*)核酸について:DNAはAGCTですが、RNAはAGCUの4種類です。まあ、ぶっちゃけ、研究者以外は「どっちでもいい」情報です。分かりにくいのでAGCTに統一します。RNAウイルスであるはずのSARS-CoV-2のゲノムの登録も、DNA表記(AGCT)で書かれていますので。

 この凶悪ゲノムRNAを持つSARS-CoV-2は、以下のようにして、私たち(の細胞)を殺しに来ます。

(1)SARS-CoV-2ではウイルスが細胞(宿主細胞と呼ばれる)に付着し、侵入し、細胞内で自分自身であるSARS-CoV-2を大量生産します→「細胞」という家屋に侵入し、占拠して、そこを大量のSARS-CoV-2のレプリカを製造する、コピペ工場に作り変えてしまいます

(2)ウイルスの遺伝物質は細胞を支配し、強制的にウイルスを複製させます。ウイルスに感染した細胞は、ウイルスによって正常に機能できなくなるため、通常は死にます→細胞という家屋を占拠して、思いのままに使い倒した揚げ句、最後には家屋を破壊します

(3)細胞が死ぬと、その細胞から新しいウイルスが放出され、他の細胞に感染します→家屋を爆破する前に、「大量生産したレプリカ(SARS-CoV-2)」をバラまいて、別の家屋(細胞)を乗っ取りに行きます

 要するに、SARS-CoV-2ではウイルスが細胞の中で増殖し、細胞を破壊し、また別の細胞を乗っ取り……、ということを繰り返している訳です。

 もっとも、これは、ウイルス性の感染症共通のメカニズムです。本来なら、遺伝情報に基づいて細胞の再構成を担うRNAのメカニズムを、細胞の破壊活動に使われてしまうのです。

 しかし、現在、C型肝炎・HIVのウイルスに対しては、症状を抑制する薬がありますし、インフルエンザに対しては抗インフルエンザ薬として、現在、タミフル、リレンザ、オセルタミビル、イナビル、ラピアクタ、ゾフルーザ、そしてアビガン(後述)があります。

 なぜこれらの薬が、インフルエンザなどに有効に作用するかというと、この凶悪RNAの”コピペ”を失敗させる薬効(阻害効果)があるからです。

 どんなにRNAが凶悪であったとしても、そのレプリカが不完全であれば、上記の破壊活動ができなくなります。コピペに失敗したRNAは、体内の免疫機能によって粛清されます*)

*)上記抗インフルエンザ薬にはRNAの複製以外に作用点のある薬も混じっていますが、今は無視します。

 ところが、SARS-CoV-2は ―― どこの悪魔が設計したか知りませんが ―― 失敗したコピペを修正する機能を有する酵素(デジタル符号化における、誤り訂正機能のようなもの)を持っているらしいのです、うっとうしいことに。

 このコピペ修正機能のせいで、既存の抗ウイルス薬が単純にSARS-CoV-2に応用できないようなのです。

 つまり、SARS-CoV-2のコピペの妨害をするだけでは足りないのです。SARS-CoV-2そのもの、つまりRANを切断し、分解し、バラバラに解体しなければ太刀打ちできないのです。

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