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» 2020年07月31日 11時30分 公開

踊るバズワード 〜Behind the Buzzword(4)量子コンピュータ(4):1量子ビットを制御してみよう (1/8)

本当に難しい話になってきました……。が、めげずに続けます。今回のテーマは「1量子ビットを制御する」です。それに関連して、量子シミュレーションやレーザー冷却方式にも触れたいと思います。

[江端智一,EE Times Japan]

「業界のトレンド」といわれる技術の名称は、“バズワード”になることが少なくありません。“M2M”“ユビキタス”“Web2.0”、そして“AI”。理解不能な技術が登場すると、それに“もっともらしい名前”を付けて分かったフリをするのです。このように作られた名前に世界は踊り、私たち技術者を翻弄した揚げ句、最後は無責任に捨て去りました――ひと言の謝罪もなく。今ここに、かつて「“AI”という技術は存在しない」と2年間叫び続けた著者が再び立ち上がります。あなたの「分かったフリ」を冷酷に問い詰め、糾弾するためです。⇒連載バックナンバー

「虚数」あらため「架数」?

 前回のコラムで、

『それにしても、本当に、この”虚数”という言葉、なんとかならんかなぁ! ―― と思っています』

という私のフラストレーションに関して、

この『"虚数"を「虚数」以外の言葉で表現したい』について、あなたのアイデアをお聞かせください

というインタビューを実施しました(関連記事:量子ビットを初期化する 〜さあ、0猫と1猫を動かそう)。

 「中間数」「水平数」「i数」「奥行数」「転数」「イマジナリー数」「幾何数」……など(『諦めましょう』という諦観のお勧めもありました)、いろいろな名前を頂きましたが、私が個人的に気に入ったのは、”架数”でした。

 「架空」の「架」という意味では、”虚数”と同じようにも思えます。しかし、「架空」を、2つの空間(実数空間と実数空間ではない空間)の”空(くう)間を架け渡す数”と考えると、なかなかシックリくる良い言葉だと思います。

 とはいえ、私自身、”虚数”という称呼が消えてなくなるとは思っていません。

 なぜなら、1572年に数学者のラファエル・ボンベリ自身が、虚数を「役に立たない数」として定義したからです(なお当時は、”0”や”負数”ですら、「役に立たない」と言われていました)。

 まあ、それは仕方がないのです。そもそも、数学者は、新しい数字や数式を発見することが仕事です。

 しかし、その数学者の発見したものを、道具”として作り直し、使い倒してきたのが、技術者(エンジニア)です。

 エンジニアたちは、信号処理、制御理論、電磁気学、量子力学、地図学で使わざるを得ない、あのクソ面倒くさい三角関数の乗算、微分積分の計算を、虚数を持ち込むことで、ほとんど「足し算」同然に取り扱えるようにしました

 今回、あらためて、高校数学の三角関数の部分を見てみたのですが、「加法定理」「三角関数の合成」「2倍角の公式」「半角の公式」「3倍角の公式」「和積・積和の公式」などを読んでいたのですが、吐きそうになりました(本当)。

 こりゃだめだ ―― 日本国の数学教育カリキュラムは、日本人を、三角関数嫌いにさせる為に作られたパッケージだ、とすら思えました。

 半角、2倍角や3倍角を学んだって、0.65倍や、2.5倍角や、3.5倍角の値を得るには、結局のところ、関数電卓かコンピュータを使わなければ、答を導き出せません(もちろん、計算時間を無視すれば、(テイラー展開を使って)紙とエンピツだけでも導けますけど、バカげています)。

 私、高校の三角関数を再履修しようという気持ちが、1mmも湧いてきませんでした ―― エクセルがインストールされたPC1台があれば十分だ、と。

 この話を、理系進学志望の娘(高校3年生)に話したところ、「パパ。三角関数の定理は、単なる暗記項目ではなく、論理的思考の訓練だよ」と言われて、ムッとしてしまいました ―― 正論はムカつくものです。

 最初から「オイラーの公式」を教えればいいのに ―― と思いつつも、そうすると虚数(複素数)という、面倒なものを、ガッツ(肚)で理解しなければなりません。

 そのためには、現実世界に対して位相が直交している「この世界からは直接見えないだけで、ちゃんと存在している世界」の存在を理解してもらう必要があります。

 「”三角関数の定理の暗記”と、”虚数世界の理解”は、どっちが、しきい値低いかなぁ」と考えつつ、いずれにしても、三角関数や虚数計算が必須となる、量子コンピュータの研究開発を支える人間は、今後も増えることはないだろうなぁ、という、暗い気持ちになりました。

 文部科学省は、近年の「異世界」を取り扱ったコンテンツのブームに乗っかって、「転生したら”i”だったが、さらにもう一度転生したら”−1”だった件」のラノベを出版するくらいの英断を……まあ、ないでしょうね。

 「だったらお前(江端)が執筆してみろ」と、私に振られても困りますし。

まずはディスります

 こんにちは、江端智一です。

 今回は、(1)1量子ビットの量子ゲートの概要と、その生々しい制御方法の実体、(2)現時点での、量子ビットを実現するデバイスの一覧紹介、そして、(3)その中でも、私が気に入った冷却量子の話を、量子シミュレーションの話と絡めながらお話をしていきたいと思います

 ですが、その前に ―― 本連載のテーマ、「バズワード」に関して、今回も最初にディスっておきたいと思います。

 現時点で、量子コンピュータの動作原理(数理的アプローチ)や、制御方法は、大体決まっています(後述します)。ただし、この方法が、唯一の方法なのか、あるいは、将来全然違った方法が登場してくるのかは、私には分かりません。

 ただ、現在の量子コンピュータは、現在の古典コンピュータの考え方から、できるだけ離れずに、そのまま(ラクして)量子コンピュータの世界に持ち込もうとしているのは事実です。

 とすれば、量子コンピュータを理解するためには、現状のコンピュータの計算方法やアーキテクチャを、そこそこ理解していることが前提となります*)

*)量子力学についても知っておくことが望ましいのですが、もしそういうことなら、私のこの連載自体、始めることができませんでしたし。

 これは、別の見方をすれば、「現状の古典コンピュータの計算方法(特に論理演算)やアーキテクチャすら理解できていない人間は、逆立ちしたって、量子コンピュータの仕組みを理解することはできない」ということです―― このように言い切られると、あなたはムカつくかもしれません。正論はムカつくものです。

 以前、古典コンピュータの論理演算 (AND, NOT, OR, NANDのゲート)の知識のない記者が、量子コンピュータの量子ゲートの設計をやったという記事を読みましたが、その無謀さに愕然(がくぜん)としました

 はっきり言って、その記者のやったことは「英単語(古典コンピュータのゲート回路)を1つも知らないままで、フランス語(量子コンピュータ)の作文(量子ゲートのコーディング)をするような無謀さ」です。

 『よく、そんな状況で、量子コンピュータの記事に挑戦するなぁ』と、この記事を読んだ時に、その記者の勇気と心意気には感心しましたが ―― それと同時に

「ああ、なるほど、こういう、技術のレベル感(距離感/乖離感)を把握できていない人たちが、バズワードを量産しているのか

と、肚に落ちたのを覚えています。

 うん、よし。これで、今回の「バズワード」について、最初にディスるというノルマは果たしました。

 では、今回の解説に入りたいと思います。

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