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» 2019年12月26日 11時30分 公開

江端さんのDIY奮闘記 介護地獄に安らぎを与える“自力救済的IT”の作り方(3):見張れ! ラズパイ 〜実家の親を熱中症から救え (3/7)

[江端智一,EE Times Japan]

「認知症」とは、一体どういう状態なのか

 以前のコラム「口に出せない介護問題の真実 〜「働き方改革」の問題点とは何なのか」では、私は、このブラックボックスの中身は分からないものである、としていましたが、今回、この箱の中身について、いろいろな人の本を手当たり次第に読んでみました。

 その中でも、特に今回は、佐藤眞一先生の「認知症の人の心の中はどうなっているのか?」(光文社、2018年)を、参考にさせて頂きました。

 この本を読み終えた嫁さんは「将来の自分の壊れ方を反論できないところまで追いつめる絶望の書」という所感を持ったようです。

 しかし私は、核分裂反応の専門書の中の「原子崩壊」の解説と同様に、「未来の自分の『壊れ方』を、客観的に把握できる優れた工学書」であるという感想を持ち、この本に感銘を受け ―― そして、相当に気持ちがラクになりました。

 私は、恐怖が目の前に迫っている時、「訳の分からない恐怖」よりは、「訳が分っている恐怖」の方がマシなのです ―― たとえ、どのみちその恐怖による不幸(例:死)が避けて通れないのであっても、です。

 今回は、この佐藤眞一先生の本の内容と構成を援用して、話を進めさせて頂きます。

 その前に、認知症というものを、もう少しだけ詳しく説明致します。認知症とは大きく4つの種類に分類されます。

 認知症は死に至る病ですが、それは、認知症という病症が、直接死に至らしめるという感じではなく、他の問題を併発しやすくなるからです。そういう意味では、「誰にとっても、人生は致死率100%」ということと、あまり変わりないと思います。

 認知症の問題は、認知症に罹患した人の人生のQoL(Quality of Life、人生の品質)を低下させていくことにあります。認知症は、「段階的に自分を壊していく(×一気に壊す[死])」という点が最悪なのです。

 なぜなら、認知症による段階的なQoLの低下は、要介護者に長期間の不断の苦痛を与え続けるだけでなく ―― そのようなQoLの低下は、外部からは認識されにくく、認知症患者の苦痛を、自分以外の人からは理解してもらえないという恐怖があるからです。

 認知症の恐怖は、一言で言えば、「手足をもがれた上で、見たことのない場所で、言葉の通じない世界に、たった一人残されて、戻る方法が全く分からない」というものです。

 最近、異世界転生のラノベ(ライトノベル)やアニメが、日々わんさか登場していますが、あのパラダイムです ―― ただし、あなたは、特殊なスキルもなければ、勇者でもなく、村人Aとして、真っ先に、魔王の手下に殺されるためだけに登場する、単なるモブです。

真っ先に殺される、単なる「モブ」です

 もっと現実的な話をすれば、突然、見たこともない人から「私は、あなたの夫だ」とか「息子/娘」と言われて、見たこともない家の中に軟禁されている状態と恐怖 ――

 あるいは、突然、一度も体験したことのない海外に飛ばされて、見しらぬ人に取り囲まれ、聞いたこともがない言語で何か問われている状態と恐怖 ――

 ここにいたくないけど、どこに帰りたいのかも分からない不安と恐怖 ――

 分からないことを、素直に「分からない」と言うだけで、世界中の人が、鬼のような形相をして、叱りつけてきます。あるいは、自分の目の前で、突然泣き崩れる人もいます。

 ならば、動かずに、黙って、何もせずに、何も考えないようにして、時が過ぎていくのを待つしかありません。

 つまる所、認知症とは、終わりの見えない未知の恐怖と苦痛の連続なのです。

 私たちは、いずれ、この異世界転生を強制されることを、覚悟しなければなりません。

 では、これから、私たちが、何を覚悟しなればならないかを、思い付くままにピックアップしてみます。

(1)日常的なことができなくなっていく苦痛

  • 服や歯ブラシというオブジェクトを見ても、服を着る、歯を磨くというアクションに結び付かなくなる
  • アクセルやブレーキの役割が分からなくなる、車の起動方法、停止方法の手順が分からなくなる。いきなり、目の前に、見たことのない装置(大きな円形物)が現われる
  • 料理ができなくなる、複数の材料を、フローチャート(順列)で実施するこができなくなる。微調整(火力は調味料の種類および量)ができなくなる
  • サービスエリアで観光バスに戻れなくなる。スーパーマーケットにいきなり"ワープ"する
  • お金に執着するようになる。お金が生き残るラストラインである、という意識だけはある(これはなかなか真実ではあるが)

(2)明日が分からないという苦痛

  • 未来の計画が立てられない。自力で「課題」が見つけられないから、「やるべきこと」に至れない。未来に対する(永遠の)空白が続く
  • それを理由に「訳も分からずに叱られる」ので、何もしないことが最適戦略になる
  • 「家に帰りたい」。でも、どこに? というと答えが分からない。周りの言いなりになるしか、生き残る方法がない

(3)異世界に生きるという苦痛

  • 以前(30歳頃)に住んでいた家に帰りたくなる
  • プライドで他人に質問ができず、質問できないので結局何もできずプライドが傷つき、他人に攻撃的になる、人のことをバカにする、暴力を振るう
  • 「財布が消える」ようになる。盗まれたと思うようになる
  • 食事をさせてもらえなくなる。虐待されていると思うようになる
  • "ああ、この人はダメだ"という表情で、対応をされるようになる

(4)自分が自分でなくなっていく苦痛

  • 完全に健康で普通の人間なのに、突然他人から「認知症だ」と屈辱的なことを言われるようになる。家族だけでなく、医者までが同じことを言う
  • 運転免許を取り上げられ、バス無料券、タクシー割引チケットを押しつけられる
  • ガスコンロが取り上げられて、電子調理コンロに取り買えられる
  • 何を言っているのか、何を問われているのかが分からないので、相手の言っていることに合わせなければならなくなる。その単語をピックアップして、必死に自分の持っているネタをしゃべるのが精いっぱい

 私たちは、いずれ、こういう世界で生きることになるのです。では、私たちにできることは何か ――。

 ―― 諦める。

 この一択です。

小学生に頭を下げて、分からないことを教えてもらえる心構えを持ち続けていられるかどうかです

 私たちには、異世界で惨めに生きていく人生が待っています。ならば、今から、それに備えて訓練をすべきです。それはどんな訓練であるかというと、

  • 妙なプライドを持たない。なんか自慢できると思うことがあっても黙っておく
  • 生意気な部下に腹を立てない。ばかげた命令を出す上司に(取りあえず)従っておく
  • 分からないことは『分からない』と言えるようになっておく。できない時には、『できない』と言えるようになっておく
  • 食事が出てこなくても、財布が消えても、『そういうこもあるさ』と考えるようにする
  • どんなに用心しても人にだまされることになると腹をくくっておく
  • ダメな奴だと思われていると思った時は、『ダメな奴でもいいじゃなか』と開き直るようにする
  • 自動車が取り上げられ、石油ストーブを使わせてもらえなくなり、家から出してもらえなくなる、という日が、いずれやって来ることを覚悟する
  • 訳の分からない世界にきたら、『異世界に転生したのだ』と前向きに考えることを、今のうちから自分に言い聞かせておく

―― というような、いずれやってくる「異世界生活」を生きるための訓練です。

 これは、あなたが今日からでもできる訓練で、多分、このように振る舞えるようになれば ―― まあ、出世はできないかもしれませんが ―― 恐らくは多くの人の、あなたに対する印象は良くなると思います。

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