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» 2021年03月22日 11時30分 公開

【付録】あの医師がもっと伝えておきたい“9個の補足”世界を「数字」で回してみよう(67)番外編(4/9 ページ)

[江端智一,EE Times Japan]

(付録D)文中の全数PCRの検討で使われた「PCR感度70%」と、「プール検体感度比85%」は妥当な数字か?

 まず検討が簡単なプール検体感度の低下率から見てみます。

 厚生労働省の検討は繰り返し無しのn=20。検討数が少なく、一発勝負の検討なので「科学的」からは遠い検討です。取りあえず世界的に見て妥当かどうか、調べてみます。

 各種報告が有るようです。大変なので、レビューを参考にすると、5サンプルをひとまとめでは感度が報告によって70%〜100%の間で変動するようです。

 10サンプルをひとまとめでは、50〜90%の間になっています。5検体のプールだと大体プール前の感度と比較して8-9割が維持されそうなので「5検体プールは許容範囲だろう」と考察されています。厚生労働省は、過去の報告を見て、狙って85%の数字を出したのではないか?とちょっと勘ぐってしまいますが、妥当なので気にしないことにします。

 10サンプルをひとまとめにすれば、理論上は検査試薬代が5サンプルのプールの半分の試薬≒予算で集団ができますが、下手をすると感度が半減します。さすがに感度の低下が無視できないという結論でした。

 次に「PCRの感度は本当に70%が妥当なのか」「最近の報告は感度が向上しているように見える」「前提が違えば、計算が変わってくるのではないか」という反論があると思います。

 実際、最近の報告は「感度が90%以上ある。しかも、鼻に綿棒をつっこまなくても、唾液を試験管に垂らすだけで遜色ない結果が得られる」という報告が有ります。

 ただ、2020年初期にPCRの感度は胸部CTの感度の7割程度という報告があったりするので、PCR検査がどんなときでも感度90%以上あるかどうか、報告をうのみにして良いのか迷います。

 ちなみに、CTの感度が高いという報告はどちらかというと中国の報告が多く、PCRゴールドスタンダード派*)からは「他の肺炎を拾って感度が落ちているだけだ」とダメ出しがされています。

*)「PCR検査が一番良い」と考える人々のこと……らしいです(江端)

 もちろん、全てが中国発の報告というわけではないです。中国の他にも複数報告があり、例えばドイツのグループの報告も、無症状や発症早期のPCR感度の低さやPCRの結果の遅れを懸念して、即座に結果の分かるCTとの比較をしています(参考)。

 他の報告も「感染初期はPCRの偽陰性が生じることを忘れるべきでない」「PCRが陰性でもCTで強くCOVID-19が疑われる場合にはPCRを複数回実施すべき」などと、くぎを刺しています。COVID-19患者のうち49%が2回目以降のPCRで陽性化した(51%は1回目で陰性)という報告もあります。

 傾向として初期の中国の報告ほどPCR偽陰性の数字が大きい報告が多いような気がしますが、これを「あの国の報告はいい加減だ」と捉えるか、「封じ込めのために見逃しを少なくするために必死で検査しまくったおかげでPCRの真の感度が見えた」と捉えるのか(PCRの偽陰性率を出すためには、COVID-19の真の陽性数を知る必要があり、胸部CT検査/PCRの反復/その他の検査などで見逃しを極力少なくする必要があるはずです)。

 国際的な国家の信頼度が、情報の解釈に影響しているように見えてしまいます……。どう捉えるのが正解なのでしょう。

 唾液からのPCRで感度が90%以上確保できるという報告は、北海道大学から出ています(参考)。

 検疫を利用して行ったこの研究以降、最近は鼻に綿棒をつっこむタイプの検査より、唾液を試験管に垂らしてもらうことが多いはずです(綿棒がダメというわけではないです、全国の医療機関に確認を取ったわけではないので検査法の主流の実体は不明です)。

 この研究は統計手法的に非常に確からしいのですが、大学が研究を行うために精度管理を行った状況での数字が、一般クリニックから一般の検査期間へ提出されたサンプルの出す数字と全く同じかというと、「同じだと良いなぁ……」と期待はしますが、保証はありません。

 さらにこの研究では全例に胸部CT検査を行ったわけでも、全例で間隔を開けて複数回のPCRを行ったわけでもなさそうでしたので、完全無症状かつウイルス量少量の患者がすり抜けていない可能性は否定できなさそうです。

 ひねくれすぎでしょうか。

 まあ、実際に変異型ウイルスが市中でまん延しているのですから、検疫のすり抜けは現在までに確認されている各変異株毎に最低1例ずつはあったのでしょう。「PCRをすり抜けるほど少量のウイルス排出量であれば、伝染なんてしないでくれよ……」と思いますが、ウイルスも子孫を残すのに必死なのです。

 検疫に「見逃し頻度を落として変異ウイルスまん延までの時間を稼ぐ」より上の能力を期待したら、職員がかわいそうです。

 というわけで、まとめると、PCRの感度は50〜90%以上と文献上でも幅が広く、キットやプロトコルなどさまざまな条件もありなかなか結論が出ません

 そして、プール検体の感度の報告も70%から100%と幅が広いです。大体、PCRの結果はプラスorマイナスで単純に分けられない事例も相当たくさんあるのです。

  • 各国で閾値が一定でないのは有名ですし、
  • 各プロトコル、本当なら各検査室で精度管理を行って閾値を変えなきゃいけないし、
  • 波形を見て非特異的な増殖を除外しなきゃいけないし、
  • 「非特異的増殖に見えるけど念のためにシークエンス読んだら変異ウイルスかもしれない」とか慣れている人だと気付けたりするし、
  • 逆に「増幅が見られるから陽性だ」といって泳動もせずに疑陽性連発してるんじゃないかという事例があったという恐ろしいウワサ(真実ではないと信じたい)がネットに流れたりしていますし……。

 愚痴が長くなってしまいましたが、全数PCRの5検体プールの感度の理論値は、文献上の最低値コンビ(PCR感度50%×5検体プールの最低値である70%をかけ算)の35%から、最高値コンビ(最近では多くなってきたPCR感度90%、かつ、プールしていてもほとんど感度は落ちないという報告を採用)の90%の間にあるはずです。

 ……幅が広すぎて議論しづらいですね。

 このような背景を含めて、本文中のプール検体感度を「初期のガイドラインに記載されている最高値」と「厚生労働省のプール検体ガイドライン」をかけ算した推定60%という無難な数字を採用しました。

 シミュレーション全体に言えることですが「全数PCRの効果の実際は、やってみないと確定しない」ということです。

 まあ、全数PCRが隠れコロナ患者をあぶり出す効率は、最重要ファクターである「検査参加率」が低ければ確実に低下します。

 さらに言えば、国政選挙の投票率と同様に「コロナリテラシーの高い人ほど検査を受け、コロナリテラシーの低い人ほど検査を受けない」ことが予測され、結果として検査を受けて欲しい「高実効再生産グループ」を検査せずに終わるという骨抜き全数PCRに終わる可能性が高いでしょう。

 全員参加を前提に数字を検討してみたものの、「実際には意味のある結果が得られる気がまったくしない」というのが正直な気持ちです。

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